怪物はシュロで作られた頭巾を被り、無表情で子供達を袋に詰め込んで行く。聴こえれるのは子供達の悲鳴と、「ヒョーヒョー」という奇声、そして警戒音のように鳴り響く鐘の音ばかりだ。
鹿児島県南さつま市で行われる奇祭、「ヨッカブイ祭り」に行って来ました。
ヨッカブイ祭りとは
木の実で造られた頭巾を被った青年が、子供たちを袋詰めにして連れ去らう「ヨッカブイ祭り」という奇天烈なお祭りが、鹿児島県南さつま市の金峰町高橋の町内で8月22日に行われる。
開催地の高橋という場所は、大雨が降るたびに水害に悩まされていた為、水難避けと豊作を祈ってこのお祭りは生まれたそうだ。
ザックリと先に祭りの流れ(現在の)を書いてみると、
- 高橋公民館からヨッカブイ登場
- 子供を攫いながら保育園へ
- 保育園で暴れまわる
- 玉出神社へ移動、暴れる
- 神社に用意された土俵でチビッ子相撲
- 最後にヨッカブイが十八度踊りを踊る
この一連の流れで大体90分くらいだ。
主役に当たるヨッカブイは、大河童=オオガラッパとも呼ばれるそうだが、ここではヨッカブイで統一していきたい。
ヨッカブイを漢字で書くと"夜着被り"。恐らく、それの訛りでヨッカブイ(地元の人はヨッカヴィーとも言っていた)と言われているのだろう。
容姿はというと、夜着被りという名前通り、夜着(着るタイプの布団)の綿を抜いたものをだらしなく羽織り、シュロから採れる繊維で作られた頭巾をスッポリ被るという奇抜な服装。
子供目線から見れば怖い事この上ないが、逆に考えればパリコレなんかに出てきそうな斬新な着こなしにも見えなくもない。
手に持つのは"カマス"という、藁を編み込んで作られた袋。ヨッカブイ達は、「ヒョーヒョー」と裏声のような奇声を上げながらこの袋に子供達を次々と詰め込んでいくのだ。
ここからは、旅レポも含めつつ2017年のヨッカブイ祭りを紹介していこう。
開催地、南さつま市へ
今年の8月22日は火曜日。平日という事で、その日には帰って来なければならない。
開催情報を見る限りは、流石に日帰りは難しそうなので、現地へ前乗りすることに。
前日18時半の飛行機に乗り、2時間のフライトを経て鹿児島空港に到着。更にそこから、バスを乗り継ぎ、23時には南さつま市の加世田バスターミナルに到着することができた。
気になる前日の天気はというと…
大雨だ。
高橋公民館へ
開催時間の情報がバラついていたので、その中で一番早い時間(8時半)には間に合うように出発。
前日の悪天候は夜通し降り続いていたようで、その名残のような空模様ではあるが、所々晴れ間が見えているので、きっとそのうち晴れる。
スマホナビで見てみると、開催場所付近には歩いても1時間くらいで着くようなので、折角だし、歩いて行こう。
見渡す限りの田んぼ道を歩く。この地域の米は日本で一番早く収穫されるそうだ。
いつの間にか雨も上がり、目的地付近に到着した。
メイン会場にあたる玉手神社立ち寄る。
この後行われる"相撲"の準備が既に出来ている。
▲こちらに水神様が祀られているそう
偶々、地元の方が自分と同じように神社へ訪れていたので、開催時間を尋ねてみると、9時半〜10時に始まると教えてくれた。(近所の人にわざわざ聞きに行ってくれた。)
実はこの時、玉手神社で祭りが始まると勘違いしていて、時間も大分あるので周辺を歩いてみよう、という軽い考えでブラブラ歩き回っていたのだが、程なく行くと、やたら人が多い場所を見つけた。
こちらがヨッカブイ祭りのスタート地点。高橋公民館だ。
なんだか、この公民館の感じといい、人の集まり具合からして、以前行ったジャランポン祭りと同じ雰囲気を感じる。
一応この場所がスタート地点でいいのか?と近くにいた女性に尋ねてみると、始まりから終わりまで、更には過去のヨッカブイ祭りの話も聞かせてもらえた。(しかも帰りは加世田まで送って頂いた。)
開始が近付くにつれ、更に人も増える。
気がつけば駐車場はパンパンで、別の駐車場に誘導される人もいるぐらい。
ヨッカブイ登場
話で聞いた定刻の時間が近くなると、公民館前で「カン!カン!」とかなり大きい音が鳴り始めた。
これから始まるヨッカブイの練り歩きと共に奏でる鐘の音の予行練習らしい。
公民館内を覗いてみると、既にスタンバイを終えたヨッカブイ達とコガラッパと呼ばれる子供達が記念撮影をしているところだった。
暫くすると、ヨッカブイ達がゾロゾロと公民館から出きた。
ついに、祭りが始まったのである。
カマスを担ぎ、無表情で歩くヨッカブイ。
早速、お祭りに連れてこられた子供を見つけると、容赦なく袋に詰め込んで行く。
抵抗する子供がいればひっくり返してでも袋に詰め込んでしまう。
ヨッカブイ達は裸足だが、たとえ土の上だろうとお構い無し。
▲ヨッカブイは裸足
しかし、子供達の恐怖体験はまだ始まったばかり。なんとも恐ろしいヨッカブイ達の行進が向かう先は、保育園だ。
ヨッカブイ保育園に行く
祭りは町の過疎化と少子化のダブルコンボで、規模が昔と比べ小さくなっているそうだ。
その為か、ヨッカブイ達のターゲットは子供の一番集まる保育園へと集中していた。
怪物の襲来を知らせる鐘の音はより一層強く響く園内。
到着するや否や、子供を攫いにかかるヨッカブイ。
団子になって魔の手から逃れようと籠城する子供達。
親に助けてもらおうと、必死にしがみついている子供がいようものなら、二人掛かりで引き離し袋に詰めてしまう。
痛いくらいに鳴り続ける鐘の音と、襲い来る怪物達、悲鳴、そして、それを見て笑う大人。
子供達からすればトラウマ待った無しの光景だ。
しかし、袋に詰め終えられた子供達には「よく耐えた」と諭すように、優しく頭を撫でてあげるヨッカブイ。
保育園でひと暴し終えると、メインステージの玉手神社へ移動する。
玉手神社/子供相撲
ヨッカブイ達を追いかけるに夢中で気付かなかったが、いつの間にか空はピーカンに晴れていた。流石は水難避けのお祭りである。
公民館前でお世話になった方の誘導で玉手神社へ向かう。
途中、神社の裏手あたりで待機するコガラッパ達。
神社に到着すると既に階段の上でスタンバイするカメラマン達。
視線の先にはヨッカブイ達が集結している。
補足的な言葉を一つ挟むと、このヨッカブイ祭り、ここから先が少し難しいのだ。
というのも、ここでの祭典は一つの物語のように進行していく(現代版にアレンジは加えられている)ので、恐らく一つ一つに意味があるのだ。
なのでここからは、文化庁国指定文化財等データベースを参考にしながら書いていこう。
話を戻して、階段の下に集まったヨッカブイが「カメラマンの人は先に階段を上がってくれ」と珍しく普通のテンションで呼び掛けてきた。次いで、誰かが「走ってくるぞ!気をつけろ!」と階段を空けるように注意を促している。
次の瞬間には、集結していたヨッカブイ達が勢いよく階段を駆け上ってきた。
そして、またもや子供達を攫わんと土俵周りで暴れ始めるのだ。
子供を捕まえては土俵の中心に置き去りにされる子供もいれば、袋詰めにされたまま土俵に置き去りにされる子供もなんかもいる。
土俵の左右には、神社内で暴れ回るヨッカブイを冷静に見つめるコガラッパ達が相撲の開始を待っている様子。
ちなみにデータベースの解説を見る限りだと、コガラッパの年齢は11〜14歳の少年とのことだが、体格を見るに先程の保育園の園児〜小学校低学年くらいの少年なのではないだろうか。
ヨッカブイが落ち着くと、相撲が始まる。
これから始まるこの相撲、勝負は四回行われる、どれも変則的な取組で内容も決まっているそうだ。
例えば、片方が逆立ちをして背中合わせなり、逆立ちしている方は相手の肩に足を乗せる。受けた相手は逆立ちしている方の両足を持って立て直すのを三回行う。
と言った具合で、文章でみるとなかなか想像し辛いプロレスのような相撲が4パターン行われるのだが、それも昔の話。
現在は、一番目に取組のみ変則的に行われているようだ。
まずは行司役の子供を中心に、向かい合うコガラッパの中から1名ずつ前に出る。
土俵の中心には盛った土の上に御幣が刺さっている。その土を、「のこった!」の合図で回転しながらかき散らしていくという棒倒しのような相撲。
過去は土を散らす事が目的だったようだが、この取組はバトル方式。先にどちらかが棒を倒したのか?で勝負が決まるようだ。
倒した方が勝ちなのか負けなのか解らなかったが、どうやら赤い子が勝ったようだ。
▲勝ったら景品が貰えるようだ
その後の相撲は普通の子供相撲が行われる。
大きい子を小さい子が倒したり、なかなか決まらないが必死に取組を行うコガラッパ。
この子供達がいつか、この祭りを引き継いでいくのか、と思うと、なんだか熱い物を感じてしまった。
一通り取組が終わると、いつの間にかコガラッパと並んで座っていたヨッカブイvsコガラッパの取組が行われる。
この熱いカードに軍配が上がったのはコガラッパ。
続いてに勝負もコガラッパの勝ち。
十八度踊り/祭りのあと
ヨッカブイ祭りの最後に行われるのが"十八度踊り"。
そもそも ヨッカブイ祭り=高橋十八度踊り なのだそうだ。どちらかと言えば、ヨッカブイ祭りの方が別名なのかもしれない。
相撲が終わると、ヨッカブイ達が土俵を囲んで盆踊りのような配置に着き始めた。
奥の方に設置されたスピーカーから、渋めの唄が流れ出すと、ヨッカブイ達の踊りが始まる。
元はこの踊りの間は、薩摩訛りの相撲節句を早口で唄う、という決まり事もあったそうだが、今の所確認できない。ここでも現代版にアレンジがあるのだろう。
意外と長い十八度踊りが終わると、ヨッカブイ祭りも終了。
▲一息ついているヨッカブイ達
神社の階段下ではコガラッパが記念に袋に入れてもらったりしている。
ここまでの所要時間はおよそ90分という短い時間ではあったが、内容が濃くって、見応えのあるお祭りだった。
▲和気藹々と帰るヨッカブイ
ヨッカブイ祭りも、やはり、“今”風にシフトチェンジしている部分が所々見受けられた。(耳にした話だが)遠方からわざわざヨッカブイ役をやるために、この場所へ戻ってきた人もいたそうだ。
ヨッカブイ達の暴れっぷりも見ものではあるが、過去と現在の祭りの違いのも注目してみても面白いのかもしれない。
世間はお盆開け(しかも今回は平日)で、開催地も鹿児島の割と南の方なので、遠方からだとなかなか行こうと思っても行けないなんて人も多いのかもしれないが、時間があるようだったら是非行ってもらいたいお祭りである。