自由研究|不思議発見体験レポート

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埼玉の奇祭「ジャランポン祭り」/超メディア向け奇祭で思う事

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年に一度、人身御供(ヒトミゴクウ)が行われる奇祭「ジャランポン祭り」が埼玉県秩父市で開催される。別名「一人葬式祭」と言われ、町から一人の故人を選び、お葬式のように祭典が行われる。

ただし、人身御供と言っても、ここで行われるのは物騒な事ではない。

終始笑い声の絶えない、ハッピーな気分になれるお祭りだ。

 

 

「ジャランポン祭り」について

ジャランポン祭り」という、字の事く"ジャラン"で"ポン"な祭りが埼玉県秩父市の下久那公会堂という、ザ・町の公民館で毎年3月15日(に近い日曜日)に行われている。

その昔、村内で疫病が流行った時に諏訪神社の神様に、人身御供を献上していたことから始り、別名「一人葬式祭」とも言われるお祭りだ。

秩父観光ナビの説明文を一部引用すると

祭壇をつくり、白無垢を着た人が棺おけに入り、僧侶役の人が即席のお経をあげ、実際のお葬式と同じように祭りが進められます。お葬式が済むと葬列を作り諏訪神社まで行き、祭典を行います。

という、かなり畏まった説明で紹介されているので少し付け加えて、もうちょい祭りの雰囲気が伝わるようにしてみよう。

折り畳み式の長机で祭壇をつくり、白無垢(死に装束の方)を着た人が棺おけに入り入って酒を飲み、僧侶役の人が適当に作った即席のお経をあげ、実際のお葬式と同じように祭りが進められます。お葬式が済むと葬列を作り飲みすぎでフラフラの状態で諏訪神社まで行き、祭典を行います。

ふざけている様に見えるかもしれないが、見たままで書くとこんな感じになる。

そしてもう一つ、この秩父観光ナビの説明文の下には赤文字でこのような注釈がしてある。

※このお祭りはあくまで地元のお祭りであるため、会場が狭く、駐車場もないことをご理解ください。

何故、このような注釈があるのか?

単純に人が沢山来るからだ。

しかし、その多数は取材関係者だ。

今回はメディアウェルカムな奇祭「ジャランポン祭り」を少し斜めからみたレポートです。

下久那公会堂へ

出発から約3時間の時間を割いて、会場の下久那公会堂近辺に到着。車を停める場所を探していると、停めておいてよさげな駐車場をあっさり見つけることができたので現地へ歩く。

祭りがやっているとは到底思えないほどに静かな道のりなのだが、スマホナビに従ってなんとか下久那公会堂へ到着。

f:id:toshiharu-hirai:20170813190529j:plain▲別の日に撮影した下久那公会堂

秩父観光ナビには具体的な開催時間が記載されていない為、祭りへ行ったことがある人のブログなどを頼りに、開始は18時と予想していたのだが、ついた時にはすでに始まってしまっていた。

距離を置いた場所から見るに、結構人がいそうだ。

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というか、若干はみ出して外にいる人までいる。

すでに玄関は脱ぎ散らかされた靴でいっぱいなので、ベランダから中へ入る。(こっちも靴多し)

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楽しいお葬式

ジャランポン祭りはテレビ番組で時たま紹介されていたので、来場者が沢山いるのだろうという事は、なんとなしに想像がついていたのだが、その想像以上に混み合っている。

f:id:toshiharu-hirai:20170812023809j:plain▲真ん中に座っているのが僧侶

全体を割合で言ったら、参列者:3割 見に来た人:3割 取材関係:4割 と言った具合だろうか?

下久那公会堂内はジャランポン祭りのトンチキな葬儀に加え、家に泊めてもらう番組の取材や、クレイジージャーニーのあの人もいたりで、かなりカオスな状態。

祭りの流れは最初に紹介した通りで、公会堂内は只今お葬式の真っ最中。僧侶が手慣れた様子でアドリブ満載のお経をあげている。

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f:id:toshiharu-hirai:20170812023828j:plain▲位牌や経典の他にお酒も置かれている

そして、祭りの主人公に当たる故人(役の人)は、棺に寝そべりながら、酒を煽りまくっている。

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カメラマンの要望とあればポーズをとってくれるし、一度アクションを起こせばシャッター音が鳴り響く。

f:id:toshiharu-hirai:20170812023802j:plain▲常にカメラを向けられる故人

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僧侶の周りでは楽器を打ち鳴らす人達がいる。この人達が持っている楽器が、引鏧(インキン)、鐃鈸(ニョウハチ)、そして太鼓だ。

f:id:toshiharu-hirai:20170812023819j:plain▲右の人が持ってるのが饒鈸

f:id:toshiharu-hirai:20170812023742j:plain▲これが引鏧

饒鈸をすり合わせた時の音を表現してジャランポンと名付けられたそうな。

やはり、一番気になる所と言えば、注目を集めている僧侶と故人が、ずっと呑んでるし、ずっと呑まされている事だろう。

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f:id:toshiharu-hirai:20170812023806j:plain▲いろんな人から酒を注がれる僧侶

ずっと呑んでいるものだから、途中トイレに行ってなかなか帰ってこなかったりもする。

終始グダグダ(悪い意味でなく)と葬儀を進行していくと、故人が三途の河の渡し賃をせびりに練り歩きが始まる。

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ケチを見せると、故人にぶつくさ言われるので、ある程度はちゃんと渡してあげた方が良いようだ。

f:id:toshiharu-hirai:20170812023830j:plain▲金額が大きいと喜んでくれる

賃金をせびり終われば、棺へと戻って酒を煽る。

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お葬式に続いては、近くにある諏訪神社まで移動して次の祭典へ移るのだが、その前に僧侶と故人から一言。

僧侶は東日本大震災があった日の翌日という事もあるので、その話題にも触れつつの挨拶。(2017年の開催日は3月12日だった)

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故人はというと、見学に来ていた奥さんを前に出して挨拶しようとするも、激しく断られてしまってうというハプニングも。

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f:id:toshiharu-hirai:20170812023731j:plain▲挨拶中でも酒を呑む

諏訪神社へ/故人の奉納

お葬式も無事?に終わると、次の会場である諏訪神社へ向かう。

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我先にとポジション取りの為に外へ急ぐカメラマン達を尻目に、本日の主役である故人はトイレに行ってしまって、なかなか移動が始まらない。

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やっとのこと故人が戻って来たので、僧侶を先頭に移動開始。僧侶に続く形で仏壇の上に並べられていた位牌などの祭具→故人→棺の順番で葬列が作られているようだ。

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いつの間にか用意されていた、めちゃくちゃ明るい照明器具に照らされ、痛いほどのフラッシュの嵐を浴びて進む葬列に、何故か酔っ払いの集まりとは思えない堂々とした風格を感じてしまった。

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f:id:toshiharu-hirai:20170812023701j:plain▲葬列が結構速い

意外と速い葬列と、それを追いかけるカメラマン達に揉まれているうちに諏訪神社に到着。

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社の中へ棺が運び込まれると、故人もセットポジションへ。

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ついに棺は閉められ、故人は諏訪神社に奉納される。

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これであの世へと旅だったわけだが、僧侶のまたしてもの一言を挟んで、数分後にはすぐに生き返ってもらう。

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そして、皆様のご多幸と健康を祈って、万歳三唱で終わりとなる。

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本来ならばここで公会堂に戻り十三仏という念仏を唱えて終了なのだそうだが、今回はここで終わり。なんでも、月が雲で隠れなければ残りの祭典もあったんだとか。

このあと、なぜか僧侶、故人、来年の故人のスリーショットで記念撮影大会が始まるのだが、その前に僧侶が「来年度も是非取材に来て欲しい!どんどん取材を受けちゃいます!」という旨の挨拶があった。

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なるほど、ジャランポン祭りに取材が多いのは主催側の働きかけもあったようだ。

最後の念仏が見れなかったのは少し残念ではあるが、とりあえずは公会堂へ戻ると、手際よく後片付けが行われ、先ほどまで祭典が行われていたとは思えないほどスッキリとしてしまっていた。

公会堂前はというと、祭りの主要人物たちを取り囲んで、試合終了後のインタビュー会場的な雰囲気になっている。

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f:id:toshiharu-hirai:20170812023638j:plain▲取材を受ける故人

本来ある念仏の時間は、この場に割かれているような印象も若干。

やはり、持て囃されているのは本日の主役。

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祭りの終わり際で僧侶が言っていた言葉とは裏腹に、家に帰る故人(だった人)の家にお邪魔しようとしたテレビ番組の期待には添えない返事が返って来たようだった。

超メディア向け奇祭で思うこと

日本の祭りは小さいものから大きいものまで含めると、数十万もあるそうだ。

しかし、ジャランポン祭りのような小さくて伝統的な祭りは、納涼盆踊り大会のようにどこの地域でも開催できるような内容では(勿論)ないのだから大変だ。

観光として見に来る人もそうだが、地元からも人を集めて、次の世代へ引き継いでいかないと、いつかは無くなってしまうかもしれない。

この祭りは、正確にはいつの時代から行われていたものか定かではないそうだが、少なくとも明治維新の影響で会場が移された経緯があるそうなので、130年以上の歴史があるのは間違いないだろう。

それ程に歴史が深いのだったら、これまでも記録には残っていない所で、時代に合わせてのフォームチェンジが何度かあったのかもしれない。

その点で考えると、ジャランポン祭りを未来へ残して行くために、メディアに働きかけて注目を集め、祭典の流れもそれに沿わせて変えていくというやり方は、今の時代では適切な方法なのではないだろうか。

物事がフラットでスマートになって行く時代の中で、伝統とは作るものではなく、守っていくものなのだと少し考えさせられてしまった。

いずれにせよ、同じ埼玉県民としては、この愉快な奇祭がこれから先も続いてくれることを切に願っている。

写真/平井利治 井上昭太郎 文/平井利治