自由研究|不思議発見体験レポート

不思議なことや、珍しいこと、物、場所を探して、考える。大人になってからやる自由研究。

瓦礫と国境を越える廃墟「新潟ロシア村」

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自由研究で行くところは毎回、何かしら学びがあるような場所をセレクトして取材たりしているが、今回行った場所は廃テーマパーク「新潟ロシア村」。

閉園してから十数年たった今ではシンボルマークの教会と宿泊棟、そして大量の瓦礫が残る廃墟で、廃墟慣れしていない自分が思った事を交えつつ紹介したいと思います。

 

 

ロシア村へ行く前に

新潟県で「ロシア村」と言えばそこそこ有名らしく、埼玉県民である自分ですらなんだか聞いたことあるような気さえしてきてしまうが、「村」とつくテーマパークは日本全国にあるのだろうから、恐らく気のせいだろう。

ロシア村は1993年に新潟県初のテーマパークとして誕生したらしいが、開園当初から客足は伸び悩み10年後に休園、さらにその4カ月後には閉園してしまったらしい。

閉園が決まった時にロシア村で働いていたロシア人達が怒ったという話も耳にしたが、4カ月間も外国で宙ぶらりんにされていたら怒るのも仕方ない事だと思う。

ロシアとの友好を目的として作られている施設だったそうだが、その結末は何とも皮肉めいたものだ。

下調べとしてロシア村について検索してみると過去の廃墟探索記なんかは沢山出てくるが、営業していた当時の様子は全く出てこない。(公式ホームページっぽいものはあった)

新潟県初のテーマパークは、今や新潟県を代表する廃墟、または心霊スポットとなってしまったわけだ。

そもそも、廃墟なんて場所は免許を取り立ての頃のによく夜中に肝試し感覚で行ってみたりしていた時期もあったが、基本的にはお化け屋敷も入れないような人間な上に、今回は一人で行く事に(いつもは二人)なったので、早朝の清々しい気持ちの中向かうことにした。

ロシア村跡地へ

心霊スポットと称されている場所は伏字で表記されていたりする。

ロシア村も「新潟R村」なんていう呼び名がついていて詳しい場所も伏せられていたりするが、所在地はwikiに乗っているのだから場所探しに困ることはない時代だ。

目的地付近に到着したら、ちょっとした獣道を抜け、夜中歩いたら怖そうな山道を歩いて目的地を探す。

ロシア村に続く山道

冬の寒い時期ではあったが、解けた雪が湿ったアスファルトを流れている。

葉っぱの擦れる音も聞こえてなんだか心地がいいが、歩けども目的地が見えてこない。

もしかしたらすでに取り壊されてないんじゃないか?という予感も過る道中であるが、徐々に開けた土地と瓦礫の山が姿を現してきた。

山盛りの瓦礫

瓦礫の新潟ロシア村

この時に少し察したが、下調べで見たロシア村の姿はもうなくなっていて、取り壊しが始まってしまっているのだろう。

高菜に塩状態になりかけた気持ちを押し殺し、先に進んでみると、まるで北斗の拳さながらの退廃的な光景が広がっていた。

殺風景になった新潟ロシア村の土地

見渡す限りの瓦礫の山と、高い場所にいるので視界を遮る障害物は無く、見渡す限りの青空に囲まれて、まるでこの世に一人きりになってしまったかのようだ。

なんの施設だったか解らない程に原型を留めていない瓦礫の山。

塀のみが残った建物

風呂場の廃墟

水面に反射する廃材

山積みにされた岩
作業者が通った跡と瓦礫の廃墟
一面に広がる瓦礫

入浴施設だったんじゃないかな?という場所のみがギリギリわかる程度に残されていたが、きっと水道周りの関係で未だに取り壊し切れていないだけだろう。

入浴施設と思われる廃墟

取り壊されかけの施設

瓦礫だらけの風景が続いているが、取り壊されて見晴らしがよくなっている土地にポツンと目立つ建物がそびえ立っている。

雪景色と新潟ロシア村

これがロシア村のシンデレラ城、スーズダリ教会だ。

周りの建築物が瓦礫と化したおかげか、遠目から見てもかなりの存在感を持ってどーんと構えている。

後に紹介するが、この教会の後ろの建物は宿泊棟になっているが、過去に火災があったらしく、建物の三割くらいは焼けてしまっている。

瓦礫群から覗くスーズダリ教会

個人的にはマンモスイリュージョンスタジオという建物を楽しみにしていたのだが、明らかにないので早速教会へ向かう。

教会周辺の探索

正面から見たスーズダリ教会

屋根に当たる部分は、通称玉ねぎドームと呼ばれるロシアの伝統的な屋根の造りらしい。教会や宮殿なんかに設置されているそうだ。

空と教会

ロシアの宗教については完全に無知だが、ドーム下に描かれいるのは恐らくウラージミルの聖母の壁画だ。

ロシア伝統の壁画

慈愛の意味が込められ描かれたこの壁画は、新潟ロシア村の現状をどのように眺めているのだろうか。

入口の探しながら、外周を散策してみよう。

教会横にあった人口池

教会真横にあった人工池。写真右下にあるキャプションにはチョウザメと書かれていたので、この中にチョウザメがいたのだろう。

建物の裏手側へも行ってみる。

瓦礫に埋もれたホテル棟の裏

雪崩の様に崩れ落ちた瓦礫

奥の方に入り口っぽいものが見受けられるが、手前は瓦礫だらけで下るのはとても危なそうだ。(当日は間違えてここから入りました)

スーズダリ教会内部へ

外周もだいたい見終わったところでスーズダリ教会の正面玄関へ。

スーズダリ教会への入口

建物内部付近は落書きが目立つ。

足元にあった落書き

ロシア村来ちゃいました!という足跡を残すための落書きが多数。人がいたという形跡は何とも居心地悪い気分になるものである。

スプレー缶の激励に見送られ、教会の内部へ。

廃墟と化した教会の内部

本来あったであろう設置物はほとんどなくなってしまっているし、実際ここがちゃんとした教会としての役割を果たしていたのかどうかはわからないが、柱や天井の造りなんかはかなり迫力がある。

教会全景

煽りで見た教会内部

天井から覗く壁画
装飾された柱

入り口付近にあったバックヤードに、過去催された展示の資料が未だに梱包された状態で放置されていた。

教会のバックヤード

展示会のパンフレット▲ロシアの秘宝が展示された時のパンフレット

教会内を一通り見終わったので、宿泊棟へと移動しよう。

宿泊棟

現地で見つけた館内のご案内で見ると、先程紹介したスーズダリ教会は二階にあたるフロアだったらしい。

宿泊棟フロアマップ

見たところ、ゲストルームが20部屋ほどあり、フロントとお食事処、バーなんかもあったそうだ。

ブライダルインフォメーションもあったようなので、スーズダリ教会では結婚式も行われていたのだろう。

実際に見て回った順序とはかなり違うのだが、ここからはスーズダリ教会からスタートした事にして振り返っていきたいと思う。

宿泊棟に続く廊下

教会から宿泊棟へ抜ける通路を抜ける。

一階から探索したいので、まずはロビーがあったであろう場所へ足を運ぶ。

一階へ向かう階段

一階へ向かう階段はかなりボロボロで鉄材はむき出しになり、足場も半壊している。

宿泊棟で最初辿り着いたフロア。ソファーの中身?が散乱していてもはや何の部屋だったのかわからない。

荒れ果てたフロア

押し込まれたソファー
落書きと廃墟

教会とは違った崩落ぶりは過去にあったとされる火事の影響だろうか?

危険度を目視確認し、ロビーへと向かう廊下を歩く。

ロビーへ続く通路

データを取り込んでからフォトショップで明るく処理した後なので伝わり辛いが、ここら辺は吸い込まれそうなの暗さだったので、この場で引き返そうかと考えたのは良い思い出である。

ロビーへ向かう途中に見つけた“ロシアンバーカリンカ”。

折角なので少し寄って行こう。

バーの看板

予想以上に暗さと崩落ぶりに、既にビビりまくっている自分にとっては、このバーは少し落ち着ける空間だった。

半壊したバー内部

バーで気持ちを回復させたところで、ロビーへ再び向かう。

焼けたロビー

ロシア村で起きたとされる火災の被害は甚大だった様だ。

今までの雰囲気とガラッと変わって、三階までぶち抜かれた高い天井と壁はほとんど焼け爛れてしまっている。

火事で焼けただれたロビー

天井まで焼けている

二階から見たロビー▲2Fから見たロビー

黒い箱の様に変わってしまった宿泊棟ロビーは、まさに新潟ロシア村で起こった惨劇を象徴する場所だと言えよう。

余談になるが、一階と外を繋ぐ通路も中々の眺めである。

火災現場と屋外を繋ぐ通路

2Fフロア

2Fゲストルーム(後述)に向かう途中で見つけたフロア。

窓側から日の光が差し込んでいる為かなり明るい。

光が差し込む二階フロア

火事の影響を受けた廊下との境目が見える
雑然としたフロア全景

やはり一階同様ひどい有様なので何の部屋かは解らないが、宿泊棟で一番広い部屋だろう。

こちらのフロアからはあまり想像できないが、この先のゲストルームへと続く廊下が今までに無いくらい黒焦げている。

黒焦げになった廊下

恐らくはこの先に出火元となった場所があるのだろう。

ゲストルーム

火事の出火元へと向かう前にゲストルームを1Fから紹介して行こう。

一階ゲストルームの廊下

こちら1Fのゲストルーム周辺はあまり火災の影響を受けていないようで、割と綺麗に残っていた。

ゲストカード▲紙モノも残っているほど

1Fのゲストルーム室内。

綺麗に残るゲストルーム

派手に荒らされた感じもないし、壁も白い。

ロビーの黒焦げ具合から考えると、これだけ綺麗に残っているのが逆に不気味に思えて来る。

2Fゲストルーム/火災現場

変わって二階のゲストルーム廊下。

一階と同じ廊下だったとは思えないくらいに焼け爛れてしまっている。

焼けたゲストルーム周辺

火災現場付近の廊下

焼けた窓枠

やはりこの近辺で火災が起こった事は間違いなさそうだ。

2Fゲストルーム室内の様子。

出火元と思われるゲストルーム▲損傷の激しい一番奥の部屋

この部屋が一番燃えていたようなので、恐らく出火元はここなのだろう。

フレームが剥き出したベッド▲フレームが剥き出しになったベッド

部屋の設置物はほとんど焼けてしまっているというのに、どこから持ってきたのか使えそうな椅子が一脚放置されていた。

雰囲気作りの為に何処かしらから持ってきてそのままにしておいたのだろう。

放置された椅子

ちなみに、火元から遠い部屋はあまり火災の影響を受けていない。

散らかされたゲストルーム

廃墟に残されたトイレ

3Fスイートルーム

三階へ行くために宿泊棟の真ん中あたりにある階段を登る。窓に面していないのでとてつもなく暗い。

暗い階段

これまでの部屋とはランクが違うゲストルームを発見。恐らくスイートルームだろう。

ベッドはゴージャスだし、壁にも他の部屋とは違った装飾が施されている。

スウィートルーム全景

スウィートルームのベッド

このベッドにもたれ掛かる布?の様なものは、再訪した際には立てかけられていた。

再訪した際に見つけたベッド▲再訪した際に撮影したベッド

スイートなのは部屋だけではない。

少し奥ばった場所に専用のトイレが設置されている。

スウィート専用のトイレ

他の部屋では味わえない、この開放感である。

奥のエリアへ

一通り探索し終えただろうか。最後に宿泊棟の裏手側を見てみよう。

途中に行っていない場所を見つけたので中へ入ってみる。

地下へ続く場所

ここも相変わらず火災の影響があったようで、壁も天井も焼けて黒くなっている。

またしても後述になるのだが、この場所を左に曲がると地下室へ繋がっているのだが、この時はまだ知る由もないのだ。

火災の影響がある室内

奥はというと、油っぽいものが浮いている巨大な水たまりになっていた。

完全に浸水した地下

さすがにここから先へは進めそうにないので、戻って奥のエリアへ再び足を伸ばしてみたが、ここもやはり瓦礫。

殺風景な奥のエリア

雪を被った瓦礫
謎の円陣
まだ使えそうな消化器
投棄された茣蓙

短い橋を渡って更に奥へと足を伸ばす。

先へと続く橋

この橋を渡ったところに”日ロ親善戦没者慰霊友好の塔”という石碑が残っていた。

さすがにこういったものは撤去できないのだろう。

日ロ親善戦没者慰霊友好の塔

見た限りではほとんどが瓦礫に埋もれてしまっていたが、これが2016年末のロシア村の姿だ。

年の瀬という事で人気は全くなかったが、撤去作業も着々と進められている痕跡も見えるので、もしかしたら近々完全に姿を消してしまうのではないだろうか。

落書きもあり、火災もありでかなり酷い有様になってはいたが、元々ここはテーマパークだった場所なのだ。

結局の所、廃墟を廃墟に変えていくのは人間なのだろう。

追記:夏の新潟ロシア村

前回の初訪問より、約8ヶ月後の事。

またしても新潟へ行く機会が出来たので、ロシア村を再訪する運びとなった。

聞く話によると、夏の心霊特番で芸能人がロシア村を探索する様子が放送されたそうで、その直後の再訪となってしまった事を、少しばつの悪い気持ちで入口へと向う。

相変わらずの殺風景に蝉の鳴き声が追加された山道を登る。

ロシア村跡地に辿り着くと、前回あった瓦礫の山は既に撤去されてしまったようで、広々とした緑には、より寂しげに残るスーズダリ教会だけが残るのみ。

瓦礫が撤去され物寂しげになった新潟ロシア村

前回は雪が被っていたので気づかなかったのだろうか、ロシア村内から出てきた物とは思えない日用品が平地にポツリと山積みにされていた。

山積みにされたゴミ山

恐らく、閉鎖後この一帯に不法投棄されたゴミが集められたのだろう。

もう一度巡るホテル棟

今回の趣旨は、前回行わなかった動画の撮影である。

と、言いつつも、一眼は持ってきているので再探索しなければ勿体ないので、初回では見つけられなかったロシア村廃墟の風景を探していこう。

まずは1Fにあった広間。

屋内ではあるが、やはり冬と夏では違って見えるものだ。

ホテル棟一階の広間

広間に広がる瓦礫
広間に放置された椅子

火傷の痕を痛々しく残す、ホテル棟のロビー。

ホテル棟ロビー全景

以前はライトもストロボも持ち合わせていなかったので入れなかった場所(写真左下)がある。ちなみにこの場所、火災発生現場の真下に位置している。

恐らくはトイレだろうと思っていたが、やはりトイレだった。

ロシア村男子トイレ

二つの鏡
焼け跡が不気味に残るトイレ

真っ暗闇の隙間から若干覗く何かの模様は、トイレに貼られたタイルの模様が焼き付いてできたものだったらしい。
まるで、壁一面に無作為に蠢く魂が落書きされているようで不気味なトイレである。

所変わってホテル棟2Fには、とてつもない量のボトルが散乱している場所があった。

とてつもない量が置き去りにされている

ロシア村オリジナルのアメニティ
無数に散乱するミニボトル

よくよく見てみると、リンスやらシャンプーやら書かれている。どうやら新潟ロシア村ではアメニティ用のオリジナル商品が存在したようだ。

ホテル棟地下室

ロシア村には地下がある。

その事実を知ったのは、直前に放送された心霊特番から記事を投稿した某ブログの記事タイトルのおかげなのだが、その重大な見逃しが発覚した時の自分の苦虫の噛み具合と言ったらである。

確かに1Fの階段、よく見ると下に行けるではないか。

地下へと続く階段

B1のサイン

溜息交じりの深呼吸で一拍おいて、地下へと続く階段を降る。

降り切ったところにあった、通路への進行を妨げる二脚の椅子。

地下通路に放置された椅子

約3センチと言ったぐらいであろうか、足元は汚水が浸水している。

地下探索には防水が効いた靴が必須である。

浸水した地下室の廊下

火気厳禁の文字が目立つタンク
使用された形跡のある消火栓

壁は焼けたような跡が目立つ。地下室も火災の影響があったようだ。

ホテル棟に一箇所だけエレベーターがあるのだが、どうやら地下に落下していたようだ。

地下へ落下したエレベーター

こちら、途中で見つけたトイレ。

地下室のトイレ

用途は不明だが、所々に部屋がある。

地下室の部屋

地下室に散乱するガラクタ

各部屋、ただ単に物が散乱しているだけだが、一部屋だけヒヤッとした部屋がこちら。

衣装が散乱した部屋

下に散乱しているのは、ロシア村で使用されていたであろう衣装である。

真ん中左に落ちているのは人形?だろうか。

むき出しになった人形の頭

むき出したハリボテが妙にリアルだ。

地下に加え、初回では見つけられなかった細かい見逃しも所々発見できた二度目の新潟ロシア村だったわけだが、恐らく三度目は無いだろう。

写真でも分かる通り教会とホテル棟以外は既に更地と化し、(SNS伝いで知った事だが)平日にはちょくちょく工事作業も行われているそうだ。

この記事を更新した10月現在、既に取り壊されているという可能性も0ではない。

☆今回の再訪はyoutubeにもアップしたので良かったらご覧ください↓

写真・文/平井利治